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てん

Author:てん
同窓会ブログへようこそ!
H22.1.2 第1回目の同窓会を開きました。
なかなか更新はできませんが、まだまだ
続けていきます。
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2009/10/30 (Fri) 00:58
≪社員旅行に行ってきます。≫

私ごとですが、30日(金)から社員旅行に出かけますので、

1日だけブログお休みします。

軍艦島上陸して、イカ喰ってきます。w
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2009/10/28 (Wed) 23:25
≫会計担当からコメント≪

最初にこの話を聞いた時、小・中・高で初めての同窓会開催だった
ので、とても嬉しくてすぐ行きたいと思いました。

でもいざ行くときになったら、私の事知ってる人いるかな?とか話し
合い手はいるかな?とかすごく不安な気持ちで行きました。

でも行ってみたら、結構覚えてくれてたりとか、中学校の時は全然
話した事なかった人でも話しかけてくれたりして、とても楽しい時間
を過ごす事が出来ました。

もしかしたらそんな風に不安な気持ちで行きたくないなと思っている
人もいるかと思いますが、案外大丈夫だと思いますので、思い切っ
て来てみて下さい。

お待ちしてま~す。

会計担当(4組)  田上直美

2009/10/27 (Tue) 22:57
≪7組幹事からコメント≫

みなさん、こんにちは。
特に7組のみなさんお元気でしょうか?

私は最近何人かの方とお会いすることができ、昔にタイムスリップ
して楽しい時間を過ごすことができました。
なぜか気持ちはその時にもどり、みんな話し方や笑い方まで当時
のまま・・・とても不思議なかんじでした。

数人集まってこれだけ楽しいのですから、大勢集まればもっともっ
と楽しいに違いありません。
それにみなさん、児玉先生にお会いしたくないですか?
今回、出席していただけるんですよ。

また、なかなか自分の時間が取れない方ほどリフレッシュは必要
ですよね。参加したいけど子供が小さくて・・・と思っている方も子
供さんを連れてぜひ参加してください。
ゆっくりと楽しんでもらえるよう、子供さんをこちらで預かりします。
ただ事前に子供の人数・性別・年齢を教えてくださいね。

みんなで素敵な時間を過ごしましょう。
たくさんの参加をお待ちしてます。

7組 山本 陽子

2009/10/27 (Tue) 00:49
≪同級生を探そう!(協力のお願い)≫

どもども。

最近、ブログのコメントが増えてきてたいぎゃ嬉しいです。
これもみなさんのおかげ。名ばかりの管理者ですが、感謝・感激です。^^
みんな ありがとね!!!

さてさて、案内状とあわせて≪連絡先がつかめていない同級生≫
のリストを送付していますが、おかげ様で数名の方と連絡をとることが
できました。これまた感謝です。

感謝ついでに、あつかましくも もう1度協力のお願いです。

「同級生を探そう!!!」

1人でも多くの同級生に案内をしたいと強く思っています。

「あそこで見かけたよ~」とか、「誰それが知ってるんじゃ?!」などなど
どんな情報でもかまいません。

≪連絡先がつかめていない同級生≫リストを今一度眺めてくれませんか?

燃え始めた同窓会の火をみんなの力でもっと大きくしたいものです。

ご協力お願いしますm(__)m


2009/10/23 (Fri) 17:49
≪同窓会への道13≫

《前回からつづき》

井口君が娘さんの事故で大変だったころ、東京に住む西川さんも
大変だったと思います。

委員長を引き受けてから私は人選に関してどうしたものかと思い
西川さんに相談していました。バランスを考えれば残りの委員は
女性が望ましいのですが、私はどなたに頼んだらいいのかサッパ
リ検討がつかなかったからです。それで書記と会計に関しては西
川さんに人選をお願いしたのでした。ただし、私は西川さんに次の
条件をだしていました。

「・・・できれば、気立てのいい人がいいなぁ・・・」
果たして西川さんがソレを実践してくれたかどうかわかりませんが、
忙しい仕事の合間をぬって同級生に電話を掛けまくったに違いあり
ません。

そして数日が経ち、3名の委員が決まったと連絡をもらったように
記憶しています。

会計は、高倉さんと田上さん、書記は植田さんでした。

高倉さんは3年生のとき同じクラスだったらしいです。女子バレー
ボール部のキャプテンだったらしいのですが、スミマセン、記憶力
が悪いのでこれ以上のことが書けません。

田上さんは、小学校のとき同じクラスだったらしいです。
ただ、残念?なことに当時の田上さんと現在の田上さんが私には
全然繋がらなくて(同一人物とは思えなくて)、だから今回の集まり
で初めて知り合いになったようなかんじです。

植田さんのことを「植田さん」と呼ぶのは不思議なかんじです。
なんでかっていうと、植田さんとこの娘さんとウチの次女は同級生で、
以前から保護者仲間として見知っていて普段は「トミナガさん」と呼
んでいるからです。

なんだか全然紹介になってないですね。私の中学校時代の記憶な
んてこんなものです。

さて、以上3名の方とは、井口君の娘さんのお見舞いのときに揃っ
て会うことができました。今思い返せば、あのときのお見舞いが
最初の同窓会活動だったのかもしれません。

あ、忘れていました。西川さんにお願いした条件についての寸評
です。

「みなさん、とても気立てのいい人だと思いマス!」

つづく

2009/10/22 (Thu) 17:59
≪同窓会への道12≫

《前回から続き》

実は、井口君とは小学校と高校が同じです。小学校のころ、井口君
はスポーツ万能の野球少年でした。

だけど、みんな知ってのとおり、当時の東町中学校のグランドは未整
備(グランドから不発弾が出てきて大変でしたね)だったから野球部が
ありませんでした。そういうワケで、野球を続けたかった井口君は、
当時としてはめずらしい硬式のクラブチームに所属していたそうです。

そんな井口君は2女の父なのですが、私の息子が入っている野球
チームのグランドのスグ近くに住んでいて、娘さんと散歩の途中に、
何度かボクらしき人物を目撃していたと、そんなことを笑って話して
くれました。また、同窓会の運営ではいろいろ協力するよなぁんて
力強いことも言ってくれたのでした。

だけど、その会合(飲み会)から10時間も経たないうちに、そんな出来
事が起こるなんて・・・・。

井口君の中1の娘さんが部活の登校中に交通事故に遭ったんです。
井口君は少し動揺しながらも、娘さんの事故でしばらく同窓会の活動
に協力できそうにないことを同じ3組で準備会の立役者だった奈良に
住む芝原さんに連絡したそうです。しかし、その連絡を最後に約二日
間音信不通となって、それを心配しまくった芝原さんが、どうしようもな
くなって私に連絡してきたのでした。

「え~ッ、マジでぇ!、・・・・、・・・でも、たぶん最悪じゃぁないと思うよ。
だって新聞に中学生の女の子が交通事故で死んだなんて記事見てな
いもん。オレから電話して聞いとくよ、だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・
たぶん・・」

十日後、役員になってくれた5人(畑野君、高倉さん、田上さん、植田さ
ん、私)で、お見舞いに行きました。事故後、スグに手術ってことで、井
口君夫妻は、そりゃぁもう心配で心配で動揺しまくったとのことでしたが、
先生が後遺症はないだろうとのことで、安心している様子でした。
娘さんも元気な様子でした。

「あんなに酷かったのに、日に日に良くなってってさぁ、肩すかしくらった
かんじだよ」

井口君の安堵の表情に私達も安心したのでした。

つづく

2009/10/21 (Wed) 13:13
≪同窓会への道11≫

《前回から続き》

さてさて、実行委員長を引き受けた私が始めに取り組まなければ
ならなかったことは、役員の人選でした。どんなものであれ事業
活動を行うとなればその団体の中に組織を作らなければなりませ
ん。特に同窓会活動なんてものは一人や二人でできるものではあ
りません。計画を立てて会務を遂行するためには、少なくとも会務
の統括者、統括補佐、記録員、会計員が必要ですし、統括者以外
は複数人が望まれます。

しかし、私は副実行委員長になってもらった松岡君と畑野君以外に
厚かましく頼みごとができるような同級生はおらず、どうしようかと
悩みましたが、8月16日の飲み会で久しぶりに会った井口君に書記
はどうかなと思い、当日それとなく協力を求めていたのでした。

最終的に、井口君は書記を引き受けてくれるのですが、飲み会が
終わって半日も経たないうちにそんな出来事が起こってだなんて
予想できませんでした。

つづく

2009/10/20 (Tue) 20:24
≪同窓会への道10≫

《前回から続き》

「あ~、言っちゃったぁ~」もう一人の自分がそう言っていました。
一方、もう片方の自分は、間髪いれず松岡君と畑野君を副委員
長に推したのでした。
拍手が沸いたように思います。そのあとのことはよく憶えていま
せん。
アルコールでもうズブズブでした。

こうして8月16日の土曜の夜は更けていきました。

さて、週が明けて月曜日。会社のデスクに座りメールをチェック
したら初めて見るアドレスからのメールが多数入っていました。
宴会で会った同級生のみんなからの応援メールでした。

それらのメールに作為的なニオイを感じましたが、悪い気持ちは
しなかったので一応返信したと思います。

こうして同窓会の一歩が始まったのでした。

つづく

2009/10/20 (Tue) 20:23
≪同窓会への道9≫

《前回から続き》

同窓会までには、きっと、いろんなことがあるだろうなと思いま
した。たぶん、楽しいことよりメンドクサイことの方が多くて、トラ
ブルだってあるだろうなと思いました。
だけど、ここにいる20人近い人が本当に協力してくれるっていう
のであれば、今までの経験から、これはなんとかなるかもしれ
ないなと思いました。

こういうときに深く思いつめても事はうまく進みません。
じゃぁ、いっちょやってみっかぁ。後は野となれ山となれだ。

そうして私は実行委員長を引き受けることを宣言したのでした。

みんなから温かい拍手をもらいました。

つづく

2009/10/19 (Mon) 12:17
≪同窓会への道8≫

《前回からの続き》

前にも書いたように、「サイン帳」に書かれた内容を今は思い出す
ことができません。ただ、そこに綴られた同級生の文章を読み、
以外に「大人」で結構「まとも」なことが書かれてあることに驚いた
ように思います。そして、その直筆の文字や落書きに、なぜかわか
らないけど「生命」を感じたのです。

変な感覚でした。サイン帳の文字たちが、「オマエもちゃんと生きて
たんだぞ、憶えてないのかい、思い出してみろよ」と語りかけている
ようでした。
私はそのサイン帳を手に取り、たぶん、ひっくり返したり逆さまにし
たりしたと思います。

心境の大きな変換点でした。酔いがかなり回っていたのかもしれま
せん。会合のときだけでなく、宴席でもみんなから実行委員長をや
ってくれないかと頼まれていました。私が引き受けたらゼッタイ協力
するという人もいました。どうしようか迷い始めました。

今まで経験したボランティア的な活動は、趣味や価値観を共にする
人たちとやってきたものでした。ですが、中学の同窓会なんて、同
年代でただ学び舎が同じだったというだけのこと。特に当時の東町
中学校なんて新設学校で伝統や地域性も殆どない学校で、しかも
当時は管理教育全盛期で、特別な思い出と言えば先生によく殴ら
れていたことくらい。
だけど、そんな当時の子どもたちに会ってみたい。
会えるはずはないけど会ってみたいなと強く思いました。

私はグラスを片手に宴席を回りながら全ての人とお近づきの印に
乾杯をし、話しに耳を傾けました。

ひょっとして、できるかもしれないと思いました。
だって、同窓会の開催日まで1年以上もあるし、みんな協力してくれ
るって言ってくれてるし・ししし・・ウィ~・・・ヒクッ!

つづく

2009/10/14 (Wed) 12:49
≪同窓会への道7≫

《前回からの続き》

結局、コミセンでの会合は同窓会の内容について踏み込んだ意見交換
等は無いまま時間切れとなり、一行は近所の居酒屋へと場所を移しま
した。

その日は夏の暑い日で、私は腹が減っていて咽喉も渇いていて、一刻
も早く生ビールを胃袋に流し込みたいと思っていたし、「同窓会なんて
もうどうだっていいんじゃないの、ま、そんなことよりセッカクだから飲も
飲も」という気分でした。

ですが、私はみんなと仲良く懐かしい話ができるほど中学時代のことを
思い出すことができませんでした。
残念ながら思い出されるのは思い出したくないようなことばかりでした。

そんなふうに楽しいのか楽しくないのかよくわからないような状態でした
が、アルコールは着実に私の思考をズブズブにしていくのでした。そして、
そんな折、一冊の「サイン帳」がテーブルを回り始め、それがボクの前に
もやってきたのでした。

つづく

2009/10/13 (Tue) 12:12
≪ハガキ、届いてます(^^)w≫

同級生のみなさんこんにちは。実行委員長の西です。

我が家には1日数通ですが返信ハガキが着実に届い
ております。お忙しいところ早々と返信ハガキを送って
くれた方々、本当にありがとうございます。

さて、返信ハガキの中には残念ながら欠席の方も見受
けられます。日程等が折り合わず残念な思いをさせて
しまいましたこと、当会を代表しましてお詫び申しあげ
ます。本当に済みませんでした。

一方、当日を楽しみにしているというコメントも多数頂い
ております。
現在、実行委員会ではより多くの同級生に出席頂ける
よう引き続き努力しているところです。

また、同級生のみなさんにおかれましては、友人の方々
にお誘いの声をドシドシ掛けてくだされば幸いです。

同級生のみんなで同窓会が成功することを思い描きな
がら布団に入る毎日を過ごしています。
出席のお返事待ってマス!。

なお、10月10日時点の出欠状況は以下のとおりです。

1組 出2名、欠1名
2組 出7名、欠2名
3組 出3名、欠0名
4組 出1名、欠0名
5組 出4名、欠0名
6組 出4名、欠3名
7組 出1名、欠2名


合計 出22名、欠8名

2009/10/13 (Tue) 12:05
≪同窓会への道6≫

《前回からの続き》

少し私のことを書いておきたいと思います。

私は30歳のときに東京から戻ってきました。
現在は市内の小さな地質調査会社で土木・防災関係の仕事をして
います。普通の技術系のサラリーマンです。長女が中3、次女が中1、
長男が小4で現在は二世帯住宅に住んでいます。その前は、アパー
トにすんでましたが、5年前に二世帯住宅に越してきたときの隣のお
父さんが小学校でPTA会長をやっていた縁でPTA役員を4年ほど務め
たことがあります。

また、数年前までよく出入りしていたライブハウスの仲間たちと八千代
座を借り切って6時間のオヤジライブを4年ほど毎年企画運営したり、
友人の選挙を応援したり、最近は子どもが入っているリトルリーグの
チーム運営にも携わっています。

そういうワケで、私はボランティア的な方面の活動に長けていると言い
ますか、慣れている方かもしれなくて、だから、準備会の会合に呼ばれ
たのではないかと思いました。

しかし、だからと言って中学同窓会の実行委員を引き受けるかと言え
ば、その時点では「No!」と答えるほかありません。なぜかというと、
そのときの会合に集まっていた殆どの人達との間に人間関係が殆ど
無かったからです。

つづく

2009/10/09 (Fri) 16:09
≪同窓会への道5≫

さて、案内状送付からやく3週間。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
回答の返信もぼちぼち届いてきております。

連絡つく同窓生を誘い誘い、ぜひ出席をお願いします。
みんなの力で記念すべき第1回同窓会を盛大に開催しましょう!

さてさて、好評の「同窓会への道5」です。↓↓↓

《前回からの続き》

会合の議題?は同窓会の日取りになっていったように思います。
そもそも、この会合は「同窓会準備会」。なので、呼びかけ人に
名を連ねた人やそれに賛同した人にとっては、同窓会有りきの
話しだったわけで、この会合では少なくとも、同窓会の日取りだ
けでも決めておきたいという空気が当初からあったように思いま
す。そして、様々な意見が出されたのですが、準備期間や県外
からの参加者のことを考慮して2010年1月2日に決まったように
記憶しています。

このようにして、同窓会の日取りは決まりましたが、次に同窓会
の開催に向けて誰がどのような役割を担っていけばいいのかと
いう話しになりましたが、当たり前かもしれませんが、実行委員
に名乗りを上げる人はいませんでした。

正直言って、言い出しっぺがやるべきじゃないのかと強く思いま
した。特に、この会合を仕切っている二人がやるべきではないの
かと思いました。また、二人は関西、関東に住んでいて同窓会の
運営は困難であろうことは容易に察しができ、それがかえって他
力本願的で「勝手なヤツら」という印象を持ったのも事実です。

しかしやはり、県外在住者に運営を任せるというのはいかがなも
のかという気持ちもありました。だから、呼びかけ人に名を連ねた
誰かがやるべきだと思いました。
しかし、残念ながら首を縦に振る人はいませんでした。
そして、とうとう、お鉢が私のところに回ってきましたが、その会合
では毅然とした態度でその任をピシャリと断ったのでした。

つづく

2009/10/07 (Wed) 12:27
≪同窓会への道4≫

《続き》

さて、昨年の8月16日に開かれた同窓会準備会の会合について、
もう少し詳しくお話ししておこうと思います。

当日、私は前知識を持たずに出席しました。なので、誰が来るのか
検討もつきませんでした。ただ、会合に出てくれるよう頼んできた
松岡君と畑野君と西川さんは来てるんだろうなと思いながらコミセン
に足を伸ばしたのでした。

コミセンの本当の呼び名は「東町地域東町地域コミュニティセンター」
なんですが、実際は佐土原の奥まった所にあって、公民館の現代版
といったかんじです。
フスマで仕切られた8畳ほどの和室が2室と20畳ほどのフロアと調理室
があります。もちろん使用料を取られますが民間会議室等に比べれば
割安で、主に地域の趣味の講座やクラブに利用されているようです。

和室の2部屋が会合のために貸しきられていました。私が到着したとき
には、既に多くの方が長机を挟んで座っており、見回すと中には懐かし
い顔もあったのですが、予想もしなかった人たちとの出会いに少々面食
らってしまい、私は末席に腰を下ろしたのでした。

最前席には二人の女性がこちらを見渡すかのように座っていて、この
会合を仕切っている様子で元気よく何かを喋っていました。後に知るこ
とになるのですが、二人のうち、大きいほうが西川さん、小さいほうが
芝原さんでした。
どうやら二人がこの会合の仕掛け人のようでした。

会合には2期生同級生以外に5期生の男性が出席していて、その男性
は二人の弟さんと同級生とのことでした。そして、その男性は芝原さん
の紹介のあと、5期生が2008年のお正月に実施した学年同窓会につい
て話してくれました。

私はその男性の話を聞きましたが、同窓会をやりたいとはマッタク思い
ませんでした。むしろ、なんで5期生がこんなとこに来てそんなこと喋る
の?って疑問が湧いたし、彼の話しに影響されて「同窓会をやろう」なん
て思うほど単純な人間じゃぁないぞと思ったのでした。

つづく

2009/10/05 (Mon) 12:32
≪同窓会への道3≫

おつかれさまです。

好評の『同窓会への道』第3弾をお届けします。^^

コメントいただけると嬉しいなぁ。

そうそう、先日、第7回の実行委員会が開催されました。

議事録はいつものところから!


≪同窓会への道3≫

会合から引き続いていた飲み会でした。参加者のみんなの熱い気持ち
は理解できました。そして、多くの人から実行委員長を引き受けてくれな
いかと頼まれました。

私はみんなに言いました。

「本当にみんな協力してくれますか?、みんなの協力がなければ同窓会
は開けません。私は自分ができることしかできないし、当然、みんなに
迷惑を掛けることだってあるかもしれません。そんなんでよければ委員長
を引き受けますが・・・」

みんな、すごくいい気分で酔っ払っていました。
私はかなり酔っ払っていました。ヘベレケだったかもしれません。
拍手を受けました。
お酒の勢いは否めませんでした。
そして私は副委員長として2名の男子を指名したのでした。

副委員長に指名したのは、松岡君と畑野君の両人。
ざっくばらんに言えば、私はこの二人にハメラレタようなものでした。

私には彼らを指名する権利がありました。
そして彼ら二人にはその場で快く?副委員長を引き受けてもらうことが
できました。

こうして同窓会の開催へ向けた一歩がスタートしたわけですが、この日
に出席していた同級生の殆どの方に、役員やクラス幹事を引き受けて
もらって現在に至っています。

クラス幹事、役員のみなさん、ありがとう。

つづく

2009/10/04 (Sun) 21:27
≪小さなお子さんがいる方へ≫

おつかれさま。

さっそくですが、『子供が心配』ということで同窓会の出席を迷われている方!

子供用のスペースの確保、お世話する人の配置など、クラス幹事および実行委員会の方で皆さんに『安心』して同窓会に参加できるよう配慮していきます。

ご希望、ご意見のある方は、遠慮なくもよりのクラス幹事、実行委員、もしくはこのブログメールに連絡ください。

できる限り大勢の同級生に会いたいと思っています。^^

2009/10/02 (Fri) 23:57
≪同窓会への道2≫

ですが、その会合は昔を懐かしむ面々の集まりでもありましたので、
集団は居酒屋へと場所を移したのでした。

宴もたけなわになった頃、誰かが持ち込んだ「サイン帳」が宴席を回り
始めました。

今でもそんな類のものを中学生が書いているのか知ったこっちゃありま
せんが、その「サイン帳」というのは卒業を間近に控えた生徒友人達が、
持ち主の友人のために書いたメッセージ帳のことです。

こんなものを後生大事にしている人もいるんだと感心しましたが、それ
よりも感心したのがそのメッセージや落書きのマンガ。

具体的な内容は酔っ払っていたせいもあって憶えていませんが、その
メッセージや落書きに「強い生命」を感じました。

そんなふうに感じたのは私だけかもしれませんが、「あ、ボク(ら)はあの
ときちゃんと生きてたんだ」と思いました。そして、その頃のボクらに会っ
てみたいなとフト思いました。

つづく

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